豊臣秀吉(あと織田信長も)は、あまりにもキャラクター化され過ぎている、と私は思っています。
秀吉は日本一の出世男としてサラリーマンの鑑と見なされ、小説や大河ドラマなどのエンタメ作品で、上司のぞうりを懐で温める、幇間のような振る舞いをする、などの奇策やごますりで信長に認められた、というイメージが一般的になってしまっていました。
そんな陽気で憎めない愛されキャラが定着してしまったために、兵糧攻めや利休秀次切腹などを挙げて「本当の秀吉はこんなクズだったんだぜ」、という(歴史好きなら普通に知っている)実像を、クローズアップして強調されている、と感じます。むごたらしい所業は、人気の高い武田信玄や前田利家など、多くの戦国武将がやっていることなんですけどね。
後世に創られたキャラクター化によって、その反動で過剰に実像を貶められることは、歴史上の人物に対して失礼ではないか、と私は思っています。
信長なり秀吉なりは為政者なので、良い人悪い人の評価をつけるのはナンセンスです。その行いが未来から見たら間違っているとしても、当時はそれをするだけの理由や意義があった、と思うべきでしょう。
質問にある、「朝鮮出兵は奴隷解放だった、秀吉はすばらしいことをしたのだ」、という見方は何の意味もありません。
近代の戦争での大陸侵攻だって、「朝鮮や中国にいる自国民の保護」を目的として始めています。だから、ただの口実です。いつの時代も「家臣に働き場を与える」、「資源を確保する」などの実利を求めてやっていることを、表では大層な名目を掲げて始めるものです