面識もないのにどうやって結核が感染するんですか。
だいたい、新選組が京都にやってくるのが文久3年(1863)ですが、同年に高杉晋作は奇兵隊を結成して、以後はほとんど長州にいます。
文久4年に脱藩して京都に潜伏しますが、それも1ヶ月間だけで長州に帰っています。しかもこの時点で高杉が結核に感染していた可能性はあまりありません。
その翌年の元治元年に池田屋騒動があって沖田は吐血しています。吐血というのは末期症状で、つまり沖田の結核罹患はその何年も前と考えていいでしょう。
この当時から戦後まで、結核はありきたりな病気でした。
昭和に入っても結核で死ぬ人は少なくなかったのです。たまたま幕末の有名人が結核で死んでいるからといって、それに感染関係を疑うのはあまりにも短絡的です。