江戸期のある漢学者が書いた紀行文「富士山行記」を読んだことがある。京から富士登山へ行った、確か帰途の紀行文だ。その漢学者は芭蕉の「奥の細道」を激賞している。彼の紀行文は、芭蕉の紀行俳文に倣ったものだ。作中にちりばめられているのは、和歌と漢詩だ。読んだが、つまらない作品だった。
平安朝以来、日本における漢詩文学は、決して少なくはない。しかし、内容的に面白いものは、ほとんどない。漢詩ならば中国の漢詩を読んだ方が、文学としては、ましだ。
明治以降に日本人で英詩を書いた人は少なくない。それらは日本文学の一端であるが、はたして面白いもの、文学として価値の高いものだっただろうか。それと同様だと私は思う。日本人による漢文学は、古典文学を理解する上で知っておくべき知識ではあるが、それ以上の価値はあまりない。
ここに質問するくらいなら、あなたも教育者なら、自分で日本漢詩を読んでみたらどうか。私が読んだ限りでは、上のような感想しか出てこない。「なぜか」などという疑問は、日本漢詩に関しては、私は持ったことがない。教師自身で学び得た知見だけが、教える上で価値を持つ。教科教育とはそういうものだと私は思う。