学習塾で古文の講師をしています。大鏡の「三舟の才」には、和歌よりも漢詩(作文)の方が当時はランクが高いと思われていた、という話があります。しかし、多くの古文作品には和歌が出てくるものは多いけれども、漢詩の出てくるものは少ない(少なくとも私が知ってい範疇にはない)ように思います。漢詩作りが高く評価されていたならば、もっと多くの作品に漢詩が出てきてもよいのではないかと思います。古文作品に漢詩が(あまり)出てこないのはなぜですか?

1件の回答

回答を書く

1051600

2026-01-25 01:30

+ フォロー

江戸期のある漢学者が書いた紀行文「富士山行記」を読んだことがある。京から富士登山へ行った、確か帰途の紀行文だ。その漢学者は芭蕉の「奥の細道」を激賞している。彼の紀行文は、芭蕉の紀行俳文に倣ったものだ。作中にちりばめられているのは、和歌と漢詩だ。読んだが、つまらない作品だった。

平安朝以来、日本における漢詩文学は、決して少なくはない。しかし、内容的に面白いものは、ほとんどない。漢詩ならば中国の漢詩を読んだ方が、文学としては、ましだ。

明治以降に日本人で英詩を書いた人は少なくない。それらは日本文学の一端であるが、はたして面白いもの、文学として価値の高いものだっただろうか。それと同様だと私は思う。日本人による漢文学は、古典文学を理解する上で知っておくべき知識ではあるが、それ以上の価値はあまりない。

ここに質問するくらいなら、あなたも教育者なら、自分で日本漢詩を読んでみたらどうか。私が読んだ限りでは、上のような感想しか出てこない。「なぜか」などという疑問は、日本漢詩に関しては、私は持ったことがない。教師自身で学び得た知見だけが、教える上で価値を持つ。教科教育とはそういうものだと私は思う。

うったえる有益だ(0シェアするブックマークする

関連質問

Copyright © 2026 AQ188.com All Rights Reserved.

博識 著作権所有