近年、「カスハラ」という言葉が過剰に使われ、人と人との自然なやり取りまで萎縮させているように感じます。本来、カスハラとは暴言や脅迫、業務妨害など明確な加害行為を指すはずですが、現場では会話や苦情そのものが問題視されることがあります。一方で、職場内では上司や同僚が好意を理由に特定の女性へ接近したり、立場を利用して言い寄る行為が見過ごされるケースもあり、同じ「ハラスメント」でも扱いに不公平さを感じます。本来、従業員であってもセクハラやパワハラは明確に禁止されるべき行為であり、許されるものではありません。しかし現実には、客は個人、企業は組織という力関係の差から、店側の判断一つで「カスハラ」とされかねない不安があります。その結果、「お客様あっての商売」という本来の関係が崩れ、管理とリスク回避が優先される社会へと傾いているように思えます。この流れは、人の自由や自然な交流を徐々に狭めているのではないでしょうか。