体験と精神療法の裏付けからコメントさせていただきます。
以下は、
器質的な(=精神の働きに故障がある)要因でない場合のコメントです。
その場合は、
強迫性障害と呼ばれ、
精神機能は正常(→しようもないと認知できてる)ですが、不安恐怖にとらわれ・こだわりが強いこと(→「1mmでも何かがズレていると勉強できない」と自分ルールで決めている)
により、自分と自分が葛藤して、苦悩する状態です。
つまり、
強迫性障害は、
病気のような名前ですが、
実質、病気ではないのです。
ですので、
治そうと努力するほど逆になるのです。
例えれば、納豆の糸を害毒として、決めつけ箸で切ろうとして、かき回すほど絡みついてくるようなものです。
気になることを気にしないように努力することが、かえって、そこにフォーカスすることになり、何度も再生することになり、本人感覚では、(気にならないようになるどころか)より大きく感じます。努力が足りないとしてさらにさらにフォーカスすることになり、悪循環します。
こうなると手に負えなくなり、病気(強迫性障害)に違いないと思い込むのです。
〉嫌で嫌で仕方がないのですが
病気扱いして、
治そうとする自分と治すべき自分が対立・葛藤して、自分が自分にダメ出しした、自分を責め消耗するので苦しいのです。
〉どうしても治すことができません。
繰り返しですが、
病気扱いして、治そうと努力するからです。
〉どうすればいいのでしょうか?
おすすめは、
内向きに自分・心を相手して用事しないことです。
つまり、
気になるまま、
外向き・目の前にフォーカスして(生活上の必要に)用事することです。
言い換えますと、
第一目的を目の前の生活に再度設定すること。
(→気になることをなくしてから生活に取り組むと言う図式でなく そういう段取りなく いきなり第一目的です)
結果として、
その時の心(気になる)は、相手されず放っておかれますので、自動的に消えます。
心は放っておかれると
消滅するようにできています。
それを邪魔しないだけ。
行動内容が新たに更新されると
脳が勝手に学習して自分ルールもなくなります。
とらわれ・こだわりが新たに出ても、
それまでは病気の症状と決めつけでいたものが、
その人の特性や個性となります。