概ね正しい理解です。永禄10年(1567年)頃、武田信玄は北条氏康と駿河分割の密約を結びました。しかし永禄11年(1568年)12月、武田信玄は約束を破って単独で駿河に侵攻し、今川氏真を追放しました。・北条氏康は武田の裏切り行為に激怒し、今川氏真を保護しました。・その後、北条氏は今川方として武田氏と敵対関係となり、薩埵峠の戦いなどで武田軍と交戦しました。・この事態を受けて北条氏は上杉謙信と越相同盟を結び、武田包囲網を形成しました。武田信玄の単独行動が甲相同盟の破綻を招き、戦国時代後期の勢力図を大きく変える結果となりました。