亀山は主要都市ではないので、遠回りで急こう配必至の亀山を通す案はなかった。(在来線の亀山経由と米原経由でキロ数の違いは10kmもない。岐阜市を通さないで直線的に関ヶ原を目指す米原ルートなら、距離はほとんど変わらない。)
直線的に鈴鹿山脈を通すルートは候補にはあったけど、
(1)米原経由なら北陸本線連絡ができるが、鈴鹿ルートだと名古屋・草津・京都での接続となり、時短効果が小さい。南紀方面は沿線人口が少なく需要が小さくて、連絡させることの効果が小さい。だから北陸連絡を優先。
(2)湖西線は未開業で、複々線が終わる草津から名古屋までは東海道本線と日本海縦貫線両方の旅客・貨物列車が多数運転されていて、線路容量がひっ迫していた。鈴鹿ルートだと新幹線接続の対北陸方面の列車はこの区間を通るが、米原ルートにすれば東海道本線を経由しなくて済む。
(3)長大トンネルが必要で工費・工期がかかる。昭和初期の弾丸列車構想のときには米原経由が前提で調査が行われていた。ある程度調査が進んでいた東の新丹那トンネルと違い、鈴鹿ルートにトンネルを通す場合は用地買収も地質調査も手付かずで、工事計画を確定するまでに時間がかかりすぎる。
から、米原経由に決定。