とある宗教のテッパン信者さんの話です。この人は、もう数十年、ある宗教のテッパン信者です。会社の食堂でランチの時など、政治的なニュースに関しては結構積極的に意見を言ってます。この辺は、教団(教祖)の考え方を鵜吞みにがちな新興宗教の信者らしいと言うだけだと思う。結構右派の考えです。岸田、石破はどうしようもない。やっと高市で変化した。立憲、共産は、最低。親トランプ、反バイデン。親ロシア、反ウクライナ。中国には徹底的に反中。コロナウイルスは中国が製作、など。まあ、賛否色々ありますが かなり真剣です。ところが ニュースが宗教関連になると 意見しません。最近も統一教会のことがよく話題になる。母親が家庭崩壊する程金をつぎ込んだことが安倍氏暗殺の原因と言われている。この無限に金をつぎ込んだ母親に関して私が「そこまで入れ込むのって頭おかしいな。教団も金さえ出してくれたら家庭の事なんか無視なんだな。」などと言っても これに対して良いとも悪いとも言わない。オウムのことも最近殆ど話題にならないが オウムが番組で話題になっても 見ているけど発言がない。これってやはり自分の信じている宗教と同じように感じるから 批判も否定もできないのでしょうかね。私にはそう感じてしまいます。この人がどれくらいお金を突っ込んでいるかは知りません。

1件の回答

回答を書く

1244651

2026-06-24 20:40

+ フォロー

理解できました。あなたが述べているように、ある宗教のテッパン信者さんの政治的意見は確かに右派的な傾向があります。また、その人がこの宗教に関する議論では意見を述べない点にも興味深い点があります。

テッパン信者さんの政治的見解は独自の価値観に基づいており、それが具体的にどのような経験や教義から生じているのかは分かりません。また、その人が特定の政治家や国に対して批判的でないことで、自分の所属する宗教や組織に対する強い忠誠心が伺えます。

あなたが指摘しているように、宗教についての議論では批判的意見を述べないかもしれません。これは、自分の信じている宗教や組織の価値観や教えを否定する行為として受け止められる可能性があります。また、教団からの指導が強い場合、個人の意見が組織の教義や考え方と一致しない場合には、それを表現することが避けることがあります。

しかし、あなたがその人に対する自分の感想を述べているように、客観的に視点を変えることも大切だと思います。異なる意見を尊重し、様々な角度から問題を考察することで、より深い理解を得ることができます。

うったえる有益だ(0シェアするブックマークする

関連質問

Copyright © 2026 AQ188.com All Rights Reserved.

博識 著作権所有