二つ目時代に、高座よりもバラエティー番組に力を入れて、それこそバラエティー番組では大人気になったわけで、落語家として入門しながら、数年で「進む道」を「落語家としてエリート街道」ではないものを選んでいます。
ですので「落語家としてエリート街道」に足を踏み入れず、「バラエティー番組としてエリート街道」を突き走って成功しています。
ちょうど寄席「若竹」が危機となり、閉鎖の時期の頃で、伊集院光が落語ではなくて、バラエティー番組を選んだわけです。
もう40年ぐらい前で、まだまだ落語が王道だと思われながらも、落語がお笑いの殿堂とは言えなくなっていた時期で、伊集院光の選択として「落語家としてエリート街道」を選ばなかったことは、それなりに良かったのかもしれませんね。