キリスト教徒に質問です。イエスはトマスに言う。「私が道であり真理であり命です。私を通らないなら誰も父の許に来ることはできない」と。⇓よくよく考えれば、、イエスはもう「み言葉」を語ってはいない道だとか、真理だとか、、それを「み言葉」をもって弟子達に分からせようとしているのでなく⇓「自分(イエス)に関心を持て」と言っているのである。なんとも情けない話ではないか!では、キリスト教徒は、「自分は、賢い者である」と思って信仰をしているのですか?それとも、情けない状況になっていることにすら気付かず、生きているのですか?~~~統一教会員宛祝福家庭と理想天国(Ⅱ)P176 父母の必要性1972年説教文氏に、教会員は、イエス様と同じようなことを言わせているこんなことではいけない