詳しく言うと、日本政府(加藤外相)は、山県ら元老に21ヶ条中の第5号の承認をもらえなかった。元老は第5号は些末な事項で、これを戦争の脅しを使って受け入れさせることには明白に反対だと言われた。
さらにイギリスグレイ外相からも第5号を削除するよう日本政府に圧力がかかった。それで結局加藤外相ら日本政府は第5号を除いた案を最後通牒付で中国に示した。
袁世凱はイギリスから戦争することは不可と言われ、アメリカの協力も得られそうもないとわかり、結局第5号を削除した21ヶ条要求を受け入れた。その5月9日はこれ以降中国で国恥記念日といわれることになった。
袁世凱が絶対に拒否していた第5号を日本が取り下げたので、中国は承認わけで、質問は○である。