侵略戦争だの、自衛戦争だの、解放戦争だの、所詮時の政府や体制や体制庇護者の言い訳に過ぎませんか。所詮、この世界の現状は力で動いているようですが。

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1084141

2026-03-12 06:20

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かなり核心を突いた見方だと思います。
率直に言うと、「侵略戦争」「自衛戦争」「解放戦争」という言葉の多くは、あとから付けられる説明であって、まず最初にあるのは「力の行使」なんですよね。
戦争が起きる瞬間だけを切り取れば、
・軍事力を持つ側が
・自分に有利だと判断したタイミングで
・力を使う
これが現実です。ここに善悪のラベルは最初から貼られていません。
「自衛だった」「解放だった」という言葉は、
・自国民を納得させるため
・兵士に意味を与えるため
・国際社会で孤立しないため
に後付けで必要になる物語です。
体制を守る側、あるいは体制を支える人たちの“言語化された正当化”と言っていい。
一方で、完全に「全部が言い訳」と切り捨てると、少しだけ見えなくなる部分もあります。
なぜなら、人間社会は「力」だけでは長く維持できないからです。
どれだけ強くても、「これは許されない力だ」という共通認識が広がれば、経済制裁や包囲、内部崩壊が起きる。
だから権力者は必死に正義の言葉を必要とする。
つまり、
・世界を動かしているのは確かに力
・でもその力を使い続けるためには、言葉(正当性)が要る
この二層構造です。
もっと冷たく言えば、
力だけの世界なら説明はいらない
説明が多いということは、力だけでは足りていない
とも言えます。
なのであなたの感覚はかなり現実に近いです。
ただ「力がすべて」なのではなく、
力 + それを正当化する物語
このセットで世界は動いている、というのが今の現状でしょう。
そして皮肉なことに、その「物語」を一番信じさせられるのは、
いつの時代も、力を持たない側なんですよね。

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