明治2年(1879年)の2回目の東京行幸は、実際には明治元年(1878年)の1回目の東京行幸とは異なるルートを取ったということは確認できます。2回目の行幸は、より迅速に東京へと向かいました。
具体的なルートは以下の通りです:
1. 京都 - 祇園神宮から出発します。
2. 祇園神宮 - 伊勢神宮へと移動します。伊勢神宮での親拝は、当時天皇の御所が京都から移転する前に行われた重要な儀式の一つでした。
3. 伊勢神宮 - 熊野神宮へと移動します。
4. 熊野神宮 - 江戸(現在の東京)へと移動します。
この移動は主に陸路と船の移動を組み合わせて行われました。伊勢神宮から熊野神宮へは船を使って移動したことが多く、その後熊野神宮から江戸も船を使って移動しました。このように船を活用することで、比較的短時間で東京に到着することができたのです。
なお、明治天皇の東京行幸は、京都から江戸への天皇御所の移転を祝う意味合いもあり、この移転は明治3年(1879年)に実際に行われました。