長くなるから科挙制度が必要な理由と、日本と中国朝鮮の派遣統治に絞って説明します
例えば江戸時代の日本の代官などは、読み書きが出来る中から、人格者が選ばれました。
(武士の勉強は藩校や寺小屋などの私塾がありました。商人や農民は浪人や僧侶の教える寺子屋や私塾に通いました)
日本で、それが可能だったのは、句読点になる『候』など、日本独自に漢文を読みやすく改良したためです。
結果的に、人材の幅も広がり、上手く行きました。
一方、中国や朝鮮では、紀元前の漢文をそのまま使いました。漢文には名詞、動詞、助詞と言った区別がありません
(時系列も句読点の区切りもない)
漢文を使って意思疎通するためには、互いに四経五書を含めた古典を丸暗記して、そこから文書の一節を抜き出さなければなりませんでした。
このため漢文を正確に使える人は、ほんのわずかでした。
(科挙試験で選別していたのは、このためです)
また、科挙試験に合格しても役人の知識や派遣先の風土も知らず、人脈もないため、徴税官などを自分で集めなければなりませんでした。これらの私党を養うためには、税に上乗せして徴収しなければなりませんでした。
また、科挙合格者は家族や親類の養う習慣もあったため、苛酷な税の取り立てや不正の原因にもなりました