国土交通省航空・鉄道事故調査委員会が設置されたのは遅かったと思いませんか?平成3年の信楽高原鐵道列車衝突事故と平成12年3月8日の営団地下鉄日比谷線脱線衝突事故をきっかけに航空事故調査委員会を改組したそうですが。信楽高原鐵道列車衝突事故と営団地下鉄日比谷線脱線衝突事故は10年近く開いています。なぜ信楽高原鐵道列車衝突事故が起こってすぐに運輸省航空・鉄道事故調査委員会としなかったのですか?そもそも航空事故調査委員会と比べて航空・鉄道事故調査委員会は歴史が浅いと思います。航空事故調査委員会は昭和46年の全日空機雫石衝突事故がきっかけです。昭和47年の北陸トンネル火災事故あたりをきっかけにして、運輸省航空・鉄道事故調査委員会にしておけば良かったのではないですか?国土交通省航空・鉄道事故調査委員会は平成13年から始まったので短期間しかありませんでした。平成20年に海難審判庁の一部と統合して運輸安全委員会に改組されました。国土交通省航空・鉄道事故調査委員会は10年もありませんでした。

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1233493

2026-01-05 13:05

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まず、そういう組織の有無に関係なく原因究明は行われておりますよ。何に対して遅いのか、説明が必要と思います。



原因究明にあたり複合的な要因が問題となるなど、より高度な知識と経験を持つ人材を現地に早く向かわせる必要が認識された事。責任問題と原因究明を、完全に別個の組織へ切り離す必要が認識された事が、そういう専門の組織を必要とした訳です。別に遅いとは思いません。

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