昔の日本の社会は、例えば学校の教師が生徒に対して体罰をしていても特に問題にされなかったのはなぜですか?

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1062009

2026-04-04 23:30

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「昔」をどのあたりで想定しているのかにもよりますが、



・体罰が違法な行為だとは、主に親が知らなかった

・体罰をしても外部にバレなかった(証拠が得られなかった)

・体罰を問題にしようとしても、その手段がなかった



あたりかと。



「体罰はダメ」ということをそもそも知らなければ、体罰を問題にしようとは思いません。

「体罰はダメ」ということは、自分で調べないと分かりませんから、特に興味がなければ知らないままです。

今ならネットで調べればすぐに分かりますが、昔は「調べる」という行為のハードルが高かったので、わざわざ調べようと考える人はかなり珍しかったでしょう。



また、「学校」という閉鎖空間で行われる行為は、外部の人間が証拠を得るのは困難です。

証拠なしで、証言だけで体罰を問題にする、というのはかなり難しいでしょう。

特に学校であれば、証言をするのは主に「子供」ですから、その証言の信ぴょう性は低く見積もられがちでしょう。

現代であれば、子供でも録音・録画装置を持っていますから、証拠を得やすくなっています。

実際、大きく問題となった桜宮高校バスケ部での事件でも、刑事事件化した大きなポイントの一つに「映像証拠」が挙げられています。



そして、体罰があって「ダメ」と思ったとして、昔の人はそこからどうにかする手段がほとんどありませんでした。

「教育委員会に連絡を取る手段」なんて普通の人は知りませんでしたし、教育委員会の存在自体を知らない人もいたでしょう。

現代なら、ネットで調べれば簡単です。

また、そういった公的な機関を通さずとも、SNS等で発信もできます(実際に行われています)。



上記は学校を前提としていますが、職場での体罰を似たようなものかと。

「パワハラ」が問題視され始めたのが、2000年あたりからです。

インターネットや携帯電話が普及し、個人の得られる情報が増え、個人による情報発信が可能になった時期です。

そのあたりに上司からパワハラを受けるような立場だった人、つまり現在30~50代前半あたりの人たちが、それ以前には当たり前にあった行為を「パワハラだ」と言い出したわけです。

殴られるどころか、怒鳴られる程度で大人が文句を言い始めたのですから、「子供には体罰が必要だ」という言説に説得力がなくなったのは必然かと思います。

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