「昔」をどのあたりで想定しているのかにもよりますが、
・体罰が違法な行為だとは、主に親が知らなかった
・体罰をしても外部にバレなかった(証拠が得られなかった)
・体罰を問題にしようとしても、その手段がなかった
あたりかと。
「体罰はダメ」ということをそもそも知らなければ、体罰を問題にしようとは思いません。
「体罰はダメ」ということは、自分で調べないと分かりませんから、特に興味がなければ知らないままです。
今ならネットで調べればすぐに分かりますが、昔は「調べる」という行為のハードルが高かったので、わざわざ調べようと考える人はかなり珍しかったでしょう。
また、「学校」という閉鎖空間で行われる行為は、外部の人間が証拠を得るのは困難です。
証拠なしで、証言だけで体罰を問題にする、というのはかなり難しいでしょう。
特に学校であれば、証言をするのは主に「子供」ですから、その証言の信ぴょう性は低く見積もられがちでしょう。
現代であれば、子供でも録音・録画装置を持っていますから、証拠を得やすくなっています。
実際、大きく問題となった桜宮高校バスケ部での事件でも、刑事事件化した大きなポイントの一つに「映像証拠」が挙げられています。
そして、体罰があって「ダメ」と思ったとして、昔の人はそこからどうにかする手段がほとんどありませんでした。
「教育委員会に連絡を取る手段」なんて普通の人は知りませんでしたし、教育委員会の存在自体を知らない人もいたでしょう。
現代なら、ネットで調べれば簡単です。
また、そういった公的な機関を通さずとも、SNS等で発信もできます(実際に行われています)。
上記は学校を前提としていますが、職場での体罰を似たようなものかと。
「パワハラ」が問題視され始めたのが、2000年あたりからです。
インターネットや携帯電話が普及し、個人の得られる情報が増え、個人による情報発信が可能になった時期です。
そのあたりに上司からパワハラを受けるような立場だった人、つまり現在30~50代前半あたりの人たちが、それ以前には当たり前にあった行為を「パワハラだ」と言い出したわけです。
殴られるどころか、怒鳴られる程度で大人が文句を言い始めたのですから、「子供には体罰が必要だ」という言説に説得力がなくなったのは必然かと思います。