同性愛を個性であると見なすことが、暮らしやすい社会の実現につながると現在では考えられているようです。
しかし、この考え方は正しいのでしょうか。
同性愛が個性と見なされる場合、人と行為が同一視されます。
行為(同性愛)が人の個性になるため、
この行為を人と同様に尊重することが求められます。
同性愛に問題点がある場合、その被害を指摘する人(A)が現れます。
しかし、この指摘が人(同性愛者)の否定と見なされる場合、
指摘したAは思いやりの無い人という扱いを受けることになります。
Aが被害を表明しなければ、Aが加害者として扱われることはありません。
しかし、Aやその他の人が受けた被害も可視化されません。
これが、
「同性愛は誰にも迷惑をかけない」
等の主張が繰り返される本質的な理由と思われます。
被害を表明した人を加害者と見なして批判することにより、被害が無かったことにされているのです。
人と行為が同一視されているため、被害者と加害者が入れ替えられているような状態です。
これは、同性愛による被害を受ける人が増加し続けることを意味します。
罪を憎んで人を憎まず、という言葉があります。
人と行為が明確に分離されていれば、行為の被害を表明しても人への攻撃にはなりません。
被害者と加害者の入れ替えも行われないことになります。
病気や犯罪を人の個性であると考える人はいません。
ですから、同性愛が病気や犯罪であれば、これを人の個性と見なす人はいなくなることになります。
かつて、同性愛は病気と見なされるのが一般的でした。
病人を攻撃する人は、周囲から批判されるのが普通です。
同性愛の擁護活動は、病人(同性愛者)に対する攻撃を批判することにより行われてきたことになります。
その過程で「同性愛は病気ではない」という主張が人への思いやりであると誤解されたため、
同性愛は個性と見なされるようになったのです。
よって、同性愛を病気として受け入れる人を増やすことと、病人を攻撃する人を減らすことが、共に重要ということになります。
そのために必要なことの一つが、病気の原因を明確にすることです。
現代医学では病気の原因を間違えているため、同性愛(異性を愛することができない状態)の治療法が確立されていないのです。
(医学で治療できない病気が多い理由 ご参照)
https://taki-zawa.net/cure/cure-3.html
輝の会(会長:滝沢輝氏)では、病気の原因を業念(不調和想念、磁気単極子エネルギー単N極)であると説明しています。
業念(不調和想念、磁気単極子エネルギー単N極)は体に蓄積されています。
他者を傷つける想念や行動が、業念として記録されます。
(新型コロナウイルスは病気の真の原因ではない ご参照)
https://taki-zawa.net/corona/corona-1620.html
同性婚者には、業念の蓄積量が極めて多いという特徴があります。
(同性婚は実在しない ご参照)
https://taki-zawa.net/tougou/syuu790.html
病気の原因に対する正しい理解が広まると、同性愛を個性と見なす人は減少するはずです。
人と行為の同一視により被害者と加害者の入れ替えが行われており、
同性愛を個性と見なすことがその原因になっていることを、ご理解頂きたいと思います。