なんでもお金を出せば買える時代昔は、お正月になると新しいサンダルを買ってもらう事が嬉しかったし、お正月は親も子どもも着物を着て新年の挨拶をしてお年玉をもらい、子どもは羽つきや凧揚げなどして遊びました 今はゲームですか?公園で遊ぶ子どもはとても少ないように思います物が溢れていて、家の中もあらゆる物があって、もうお腹いっぱいという感じで、何も大してほしくないと思うのは私だけでしょうか?贅沢な悩みだとは思いますが、何か虚しさを感じてしまいますいらなくなればポイとゴミ箱に行きますし、世の中が無駄ばかりに思えてしまいますエコバッグにしても、お店には山ほどビニール袋は売ってますから、便利なので買って使いますし、保存袋も使っては捨てますこんな状況では地球温暖化は益々進むでしょう この先どうなるのか?行き着くところまでいくしかないのでしょうか?ペットボトルも溢れてますし便利なものはもう手放せないと思います100円ショップに行くたびにそんな気持ちになりますが、それでもつい買ってしまいます食べ物も美味しい物が溢れてますし、将来は多くの人が生活習慣病となり、スマホで目も悪くなり、AIが何でも答えてくれるので、自分で調べなくてもできてしまいますこんな世の中、なんか変です人間関係も何かにつけて〜ハラスメントとなり、うっかりした事は言えないし、学校の先生もうっかり子どもを叱ったりできない皆さんはどう思いますか?

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1140841

2026-03-01 19:10

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mw1234さんへ



お正月に新しいサンダルを買ってもらえることが嬉しかった時代を知っているからこそ、今の「なんでも手に入るけど何も満たされない」感覚に虚しさを覚えるのだと思います。

その感覚はとても正直で、大切な気づきです。



mw1234さんが感じているのは、便利さと引き換えに失われた「手触り」のようなものではないでしょうか。

昔は物が少なかったからこそ、一つ一つに意味があった。

お正月の着物、羽つき、凧揚げ、そこには「この日だから」「この時だから」という特別さがあった。

今は毎日がセールで、毎日が便利で、だからこそ「特別」が消えてしまったんです。



ただ、一つ整理したいことがあります。

世の中全体を変えることと、自分の暮らしを変えることは別の話です。

地球温暖化もプラスチック問題も、mw1234さん一人が背負う必要はありません。

でも、自分の「虚しさ」は自分で手当てできます。



例えば、100円ショップでつい買ってしまうとき、「これは本当に必要か」と一度立ち止まってみる。

それだけで、物に振り回される感覚が少し和らぎます。

あるいは、お正月だけは昔のように過ごすと決めて、家族でアナログな遊びをしてみるのも一つの方法です。

全部を変えなくていい。

自分の手の届く範囲で、自分が心地よいと思える選択を少しずつ増やしていく。



世の中の流れは止められなくても、自分の暮らしの中に「特別」を取り戻すことはできます。



「全部を変えなくていい。自分の手の届く場所から始める。」



その小さな選択の積み重ねが、虚しさを少しずつ温かさに変えてくれるはずですよ。

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