珍しいですね。だってそれまでいなかったし言葉も文化もわからないんですから。
時代としても男性側が惚れて、日本語を勉強しアタックしたとかそんな感じだと思います。
ただ当時はまだ自由恋愛もなく家柄とかもありましたから、当然上手く行かないでしょうし今みたく簡単に行き来ができないですから
「どちらかの母国を捨てるつもりで」
しかなかったと思います。
当時の世界情勢だったり国民文化を考えるとそこまで選べる方はまずいなかったでしょうね。
ただ、じゃあいないわけではなく外国に渡ってそのままの方もいたのでいないわけではありません。
興味深い話として、日本人で最初にパスポートを発行されたのは大道芸人でした。
日本にやってきた外国人の方がそれを面白いと興行をしてほしいと呼んだのです。
当時はまだ伝統芸能として旅芸人一座みたいなものがあり、その一座がスカウトされる形で色んな国へ行くことになりました。
もちろん興行が終われば帰国する方もいましたが、残る方もいました。
女性の方もいたので現地のサーカス団員の方と結ばれて子を成してそのまま過ごす方もいました。
芸人一座なくらいですから家柄だなんだは一座が家族でやってる場合もあるし、捨てられたり拾われたり天涯孤独な方もいましたからその方々は日本へ戻る選択肢も気にせず自由恋愛が出来たということです。
実際に日本からロシアに渡った一座(家族)がそのまま日本へは帰らずに過ごしたという話もあります。
だから当時でもいないわけではないと思います。