神戸電鉄の歴史に詳しい方へ2点ほど質問します。.① 菊水山駅の北側に在る旧線に関することですが、石井ダムを建設することに依り、ここの区間が水没する訳でもないにも関わらず、わざわざ長いトンネルを掘ってまで新線を設ける必要性については、どういった事情があったのかをお教え願います。② 2018年に菊水山駅が廃止された理由は、その丁度10年前にあたる2008年に完成した石井ダムの建設作業員や関係者を輸送する役目を終えたことが、最終的に菊水山駅廃止へと至った理由としては小さくなかったのですか?

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1055157

2026-07-19 16:25

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1.昔の新聞記事を読んだだけのかすかな記憶ですが、水没あるいは水面すれすれになるということで路線の立ち退きが必要となって長いトンネルを掘って新線に切り替えられました。



新線に切り替えてからは、旧線より遠回りのルートとなりましたが、線形が良くなったのでスピードアップしてます。



2.こちらは私見ですが、ダム関係者のためではなく元々は六甲山縦走する人向けの駅であり、徒歩と電車以外では駅に到達不可能で、ほとんど利用者はいませんでした。



誰も利用者のいない駅のために、新開地-鈴蘭台・西鈴蘭台の区間列車を1時間に9本中1本だけ運行しなければならない状況は非効率であり、ラッシュアワーには多数あった区間列車は事実上必要もないのに停車していました。



ダイヤ改正で区間列車が削減された際に、新開地-志染、新開地-谷上といった区間列車でない一部の列車まで停車するようになって停車数は維持したものの、乗客が増えなかったので最終的に廃止されたのです。



菊水山駅が無くなって、鈴蘭台―新開地間のダイヤはきれいな15分等間隔のダイヤとなりました(後に粟生方面の列車の一部が西鈴蘭台止まりとなり新開地-鈴蘭台間の運転が無くなったので少々いびつに)。

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