日本は明治以来、朝鮮半島を日本の影響下に置くことを重視してきました。南下するロシアに対抗する為の防波堤として、李氏朝鮮には日本と連携してもらいたかったのですが、結局、日韓併合で日本の領土に組み入れています。その後、大東亜戦争に負けて、朝鮮半島は日本から分離しますが、今度は朝鮮半島が共産陣営と自由主義陣営の対峙する最前線となったので、韓国と連携する必要に迫られました。日本は明治時代から今まで、朝鮮半島に莫大な投資や支援をつぎ込み、それが日本の国防に資すると考えていたのでしょうが、特に最近の韓国における外交儀礼を欠いた数々の蛮行を目の当たりにして、日本人は「韓国と国防上の連携を図ることは最早不可能」と判断したので、明治以来の国防上の大方針を転換する決断をしたのでしょうか?日本にとっては、大陸勢力に対抗する『楯』となり得ると考えるからこそ、身を削ってでも朝鮮半島との関係維持に努めたのですが、ここに至って、その『楯』は役立たずで維持費の出費にも耐えかね、また身を削った為に自らの弱体化を招いていた事に気づいたので、重荷なだけの『楯』をうち捨ててでも、弱体化した日本自身を再生する道を選んだのでしょうか?この経験から日本が学べることは色々ありますが、ちょっと日本自身の身を削りすぎた感は否めませんよね?国家が自分の身を削るということは、為政者が国民に無理を強いたことになりますので、明治以降の為政者達の「やり過ぎてしまった部分」については、もちろん功罪を含めてですが、きちんと検証している学者はいるのでしょうか?もしオススメの学者がいたら教えてください。

1件の回答

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1079545

2026-03-24 14:30

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でたらめです。それは最近の非学問的文芸者たちが言ってる後付け史観にすぎません。



そもそも、清朝がいるので、ロシアの南下は限定的です。

日清戦争で清を倒したから直接的に脅威になったわけで、文章の通りの目的だとしたら、墓穴行為です。



当時の日本は、列強からの不平等条約を変えられずうっぷんの刷毛口をもとめていただけのことです。朝鮮半島しかなかっただけです。

対ロシア長期戦略なんてもんじゃないです。

それだけなら、無駄な金使わずにひたすら海軍を増強するほうがはるかに利口です。



>日本人は「韓国と国防上の連携を図ることは最早不可能」と判断したので、明治以来の国防上の大方針を転換する決断をしたのでしょうか?



全然してませんが。直接支配しないだけで、アメリカを支援して緩衝地帯であることを期待してます。



だから、めちゃくちゃやっても我慢してるんでしょ!



韓国も承知の上で「そんなこと言うと、国内が混乱して北朝鮮にやられちゃうよ。そんでもいいの」って理屈で譲歩を迫ることが多いです。

それを弱者の脅迫外交と言います。



主様は、しっかりと現実を把握してください。

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