仲間や部下をダマして、という状況ではないですが、仲間や部下を置いて逃げた大将で思いつく人物を挙げてみます。
<戦国武将>
仙石秀久(戸次川の戦いでの大敗後、仲間の四国勢を置き去りにして逃亡)
荒木村重(有岡城を織田軍に包囲され、家族や部下を残して逃亡)
<旧日本軍の将官>
富永恭次 中将
木村兵太郎 中将
徳川慶喜についてですが、彼は非常に頭が良い人でしたので、確実に自分が助かる道を選んだでしょう。つまり仮にその後も戦いを決意したとしても、別の近いタイミングで恭順した可能性が高いと思います。
以下は補足です。
徳川慶喜とい人物は頭脳は非常に明晰でしたが、非常に自分勝手で、部下に色々命じておきながらハシゴを外す。それが当たり前の行動でした。松平春嶽や勝海舟など優秀な家臣は、常にそういった理不尽な行動に悩ませられていました。
極めつけは質問者様も仰っているとおり、鳥羽伏見の戦いにおける大坂城での行動。大勢の前で勇ましい演説をしておきながら、自分に付き従う多くの部下たちを見捨てて逃げ帰るという行動は「武家の棟梁」とは思えないもの。それ以上に ”人間” として最低の所業です。
また明治以降は悠々自適にぬくぬくと暮らしながら、徳川に殉じた人たちに対して何のねぎらいの言葉も残しておらず、もちろんその家族に対する支援も全く行っていません。本当にこの人は血の通った「人間」なのか?、と思うくらい最低の行動です。
困窮にあえぐ旧幕臣たちの支援を行っていた勝海舟や榎本武揚、新選組の名誉を回復するため奔走していた永倉新八など、かつての部下たちの行動を、この慶喜という男はどういった感情で眺めていたのか。その気持ちを聞いてみたいです。