行った方がいいと思います。
死んでも苦しみから解放されません。
命は永遠なので、また生まれてきます。
「輪廻転生は絶対に存在している」
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今世の選択によって未来世が決まるのですから、私たち人間は、この一生のうちに重大な決断をしなければなりません。
「命は無始無終」・「諸の世界(宇宙)は無量無辺」です。
命は永遠に生死を繰り返します。「質量不変の法則」と同じで減ることも増えることもありません。
私達の身体も、宇宙や一切の森羅万象も、全て「地水火風空」の五大の元素から構成されています。
この五大は、分解してはまた集まり、集まってはまた分解するというように常に離合をくりかえしています。
人間も(動物も)、死ぬと元の元素に戻ります。
この時、肉体が分解され、無に帰したように見えますが、その命の業は永遠に宇宙の中に生きていきます。
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すべての命は、過去世の業因によって、それぞれの運命・境遇に生まれ、苦楽の日々を生きています。
つまり、同類近似の業報の強弱によって互いに相即し相反し、次の世に生まれ変わります。
一生の間に積み重ねた行為の総和、善悪の意義が、たとえば畜生(動物)の業因に当たることが強い人は
「自身が好むと好まざるとにかかわらず」
次の生には畜生の父母を縁として、自分の振るまいの業を因(因縁)として「畜生(動物)」に生まれ変わるということです。
https://www.myotsuuji.info/%E5%AE%9A%E6%A5%AD%E3%81%A8%E4%B8%8D%E5%AE%9A%E6%A5%AD-%E5%AE%BF%E5%91%BD%E8%BB%A2%E6%8F%9B/
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なぜ、生まれながらにして皆に差があるのでしょうか?
物事には全て原因と結果があります。
原因があるから結果が出てくるのであり、原因なくして結果だけが出てくるという事はありません。
(全ての物事に原因と結果を認める事を「道理」「道筋」といいます)
であれば、貧困の家に生まれたとしても、喧嘩の絶えない両親のもとに生まれたとしても、それらは一つの結果であって、それをもたらす原因があった筈です。
では、その原因はどこにあるのか?
生まれながらにして差があるということは、その結果を生じさせた原因は、生まれる以前に有ったということになります。
そのように考えてみると、やはり前世(過去世)というものがあって、そこにおける生き方・行いが原因となって、生まれながらに、こうした結果を受けたと言わざるをえません。
仏教では、生前に謗法を犯せば、これが原因となって死んでから地獄に堕ち、
正しい仏法を修行して功徳を積めば、不幸の業因を消滅させて、今生で幸福になれるばかりか、それを死んだ後まで持っていける、死後も幸福感を味わっていくことができると説かれています。
生前、どのような生き方をして、どのような業因を作ったか、それによって、どのような果報を得るかが異なってくるのです。
生前に謗法を重ねて地獄に堕ちたなら、死後は瞬時も休む事なく、地獄の苦しみを受け続けていくしかないのです。
その恐怖を真に弁えれば、ただボンヤリと生きて、臨終を迎えるわけにはいきません。
どうしても成仏を遂げて、死後にまで安息の幸福境涯を持っていかなければならない、どうしても成仏の境涯を獲得しなければならない。
だからこそ、今、生きてる間に、しっかりと仏道修行に励むことが大切なのです。
地獄に堕ちて、絶え間なく炎に焼き尽くされるような大苦悩を感じているときは
「次に人間に生まれた時は、何を差し置いても、絶対に仏法僧の三宝を供養して、後生の成仏を願っていこう」
と思っているのに
いざ人間に生を受けると、名聞名利の心にとらわれたりして、なかなか仏道修行を貫くことができない・・・
なぜ、このようなことが起こるのかと言えば、それは、今生に生まれる以前に味わった地獄の苦しみを忘れているからです。
どうして、その記憶を失ってしまうのか?
死を迎えると同時に、五感や意識は命の奥深く冥伏してしまいますから、死を経ることによって記憶が断絶してしまいます。(記憶は、五感や意識によって刻まれるものであるため)
再び生を受けると、五感や意識の働きがそこからまた新しく始まるのです。
だから、命が三世(過去世・現在世・未来世)にわたって続いていると言う事は、記憶からなくなってしまっています。
仮に過去世の記憶を、退行催眠によって引き出すことが出来たとしても、地獄の苦しみだけは忘れ去ってしまうと考えられます。
地獄の苦しみは、その一端を述べただけでも、全身を炎で焼き尽くされるような苦しみであるわけですから、それは、気も狂わんばかりの苦しみです。
まして、無間地獄ということになれば「聞いただけでもショック死する・・・」
その大苦悩が記憶に残っていたとすれば、生きていけなくなります。
記憶の中には過去に味わったはずの地獄の記憶が残っていない。残っていないから平気で謗法を犯してしまう。恐ろしいことです。
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信じてもらえないかもしれませんが、不運・不幸の根本原因は邪宗教(無宗教も含む)です。
正しい宗教を正しく信仰すれば人生は良い方向へ行き、幸福になっていきます。(皆が正しい宗教を信仰すれば、災害や争いのない平和な世の中になります)
【正しい宗教の判別方法】
全ての宗教を五段階に比較相対し、次第に従浅至深(じゅうせんしじん)していく教判(きょうはん)を「五重相対(ごじゅうそうたい)」といいます。
【五つの相対】
「内外相対(ないげそうたい)」
「大小相対(だいしょうそうたい)」
「権実相対(ごんじつそうたい)」
「本迹相対(ほんじゃくそうたい)」
「種脱相対(しゅだつそうたい)」
https://www.kochi-hougonji.jp/3-3.htm