考えをどう改めるべきかという質問に答えますね。
人には優しくすべきだ!とか、
困った人がいたら助けろ!とか、
落ちたゴミは自分でちゃんと拾え!とか...
こう言った、いわば「ボランティア精神(調べてみてね)」って、合っていない性格の人が無理して持とうとすると結構大変だったりするんですよね。
似た現象として、「中学生になると同時にそれまでクラスで大人しかった子が発言力をつけようと陽キャラを無理に演じていたら、次第に疲れてきて人間関係を全て投げ出したくなった」なんていうのがあります。
性格、性格と言っても色々ありますが、優しい、行動派、内向的、献身的など、
「本来の自分(アイデンティティ)」から外れた「キャラ」を、一般的に良いとされているとか、憧れの人が言っていたからとかで無理に演じようとすると、次第に疲れてくるものなんですよ。
質問者さんの、弱者に優しく接するというのはもちろんできれば立派だし、そうしようと決めたのならば凄く尊敬します。
しかし、弱者にも対等に接するべきだという意見もありますし、決めたポリシーを一旦忘れ、次に弱者がいた時に「本当の自分がしたい接し方ってなんだろ」と問いかけてみるのも良いかと思います。もちろん、それでも自分は優しく接したいと思ったならそれでいいですよ。でも、ちょっとこの人に優しくする意味がわからなくなってきたと言うのがあれば、無理に綺麗事にこだわる必要はないと思います。
綺麗事で自分が悩んでしまっては、元も子もないですからね。