21歳の時に最期の祖父母(婆ちゃん)が亡くなりました。
中学の通学路が、婆ちゃん宅の前を通るため
窓から私を見る婆ちゃんの姿を確認するも
友達が居る手前、軽くお辞儀する程度でした…
葬儀の場で、同居する叔父から言われたんですが
「毎日、お前の姿を見たいと言って、あそこに立っていたんだ…」
本当は毎日のように立っていたのは知っていたけど
手を振るのが恥ずかしかっただけで
本当は声を掛けて話したかった…
もう少し自分が大人であれば、こんな後悔はせずに済んだはず
明治生まれの祖母には孫が15人もいるのに
私の名を出して心配してくれていた…
出棺の時に、叔父叔母からは「1番可愛がられたお前が3番手に歩け!」
そう言われ、泣き崩れた記憶があります。
人の死は、人から語られなくなって初めて死んだと認識しています
40年近く経っても墓参りをし続け、墓標に手を合わし
「来年また来るから!」そう言葉にして
簡単な挨拶でも、私の中では
しっかり「婆ちゃんは生き続けています」
後悔なんか先にしないのが後悔ですから
「あの時もっと…」という後悔は、心の奥にしまい続けて下さい。