ずっと暮らしてたおばあちゃんが一昨日自死しました。自分とおばあちゃんはほぼ二人暮らしで2.3週間に3日間ぐらい母が出稼ぎから帰ってくる感じで生活していたのでほぼおばあちゃんが家事の全てをしてくれていました。そんなおばあちゃんがある日から鬱っぽくなってしまいました。自分が大学とかで日中家にいない日とかがあって孤独を感じさせてしまったのだと思います。おばあちゃんは自営業をしていたのですがお客さんもどんどん減っていって客が来ない日はずっとお店にいてテレビを見てるだけの日が最近多くなっていました。そして周りの親しかった友人が亡くなったのも相当きてたのだと思います。僕は本当に後悔してます。もっと喋っておけば良かったです。自分のせいとも思ってしまいます。いつも恥ずかしくて言えませんでしたが大好きでした。亡くなった姿を見た時、もう一度起き上がって前みたいに何気ない会話してくれって思いました。ずっと孫の心配ばっかして無理させてしまいました。ほんとに心配性のおばあちゃんでやらなくてもいいこともやっといちゃうくらいお人好しでした。残された自分と愛猫はこれから大きい一軒家で1人と1匹でぽつんと暮らさなきゃいけません。そうすると無理に旅行とかも行けなくなりおばあちゃんに迷惑かけてたんだなって思いました。僕は20歳でもう大人ですが、まだまったく周りのことが分からないガキなので生きていけるか不安です。似たような境遇の方がいたらアドバイスを頂けると嬉しいです。支離滅裂な文章でごめんなさい。とにかくどなたにでもいいから吐き出したかったです。

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1032857

2026-01-12 04:30

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21歳の時に最期の祖父母(婆ちゃん)が亡くなりました。

中学の通学路が、婆ちゃん宅の前を通るため

窓から私を見る婆ちゃんの姿を確認するも

友達が居る手前、軽くお辞儀する程度でした…

葬儀の場で、同居する叔父から言われたんですが

「毎日、お前の姿を見たいと言って、あそこに立っていたんだ…」



本当は毎日のように立っていたのは知っていたけど

手を振るのが恥ずかしかっただけで

本当は声を掛けて話したかった…

もう少し自分が大人であれば、こんな後悔はせずに済んだはず



明治生まれの祖母には孫が15人もいるのに

私の名を出して心配してくれていた…



出棺の時に、叔父叔母からは「1番可愛がられたお前が3番手に歩け!」

そう言われ、泣き崩れた記憶があります。



人の死は、人から語られなくなって初めて死んだと認識しています

40年近く経っても墓参りをし続け、墓標に手を合わし

「来年また来るから!」そう言葉にして

簡単な挨拶でも、私の中では

しっかり「婆ちゃんは生き続けています」



後悔なんか先にしないのが後悔ですから

「あの時もっと…」という後悔は、心の奥にしまい続けて下さい。

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