徴兵制というのは、一面では武士(当時は士族)の廃止を意味しました。
前原一誠は上士階級、まさに武士の出身者でもあり、武士階級への同情が強かったのでしょう。
その点では医者出身の大村益次郎や足軽(武士ではない)出身の山縣とは毛色が違うのでしょう。
また彼は旧奇兵隊の反乱のとき、徹底弾圧した木戸孝允と対立もしています。
幕末ともに戦ってきた奇兵隊への同情心もあったのです。
結局萩の乱も旧奇兵隊の人達と起こしています。
彼は維新後はまず越後の県令になっており、治水対策に力を入れたり、激戦だった北越戦争で困窮した農民などへの手助けなど優れた政治をしています。
根がやさしい人だったのでしょうし、もともと身分が高い人だったので、伊藤博文や山縣有朋のような出世欲などもさほどなかったようです。
県令としての実績を評価され、中央政府で参議、大村のあとの兵部大輔に抜擢されましたが、出世するより地方官のままだったほうが彼にはあっていたかもしれません。