生きていたら、といいますか…信玄が都を目指し健康体で気力体力共に充分で、武田軍を指揮していたなら、やはり徳川勢はけちらしたまま進軍できたでしょうし、信長とぶつかるにしても、尾張辺りで対峙するかの構図になったのではないかと、想像します。
しかし、ご質問の内容から何らかの避けられない理由で勝頼でなく、信玄指揮の武田軍が長篠で合戦を展開したなら、少なくとも有力家臣がことごとく討死するまでの大敗にはならなかったと思います。
敵方が、織田徳川の連合軍で鉄砲の数、弾薬、また兵力数に差があった条件下であっても、信玄ならば川中島の経験から、甚大な被害を予測して無理は避けたと考えます。
他の有識者さんが既に言っておられますが、そもそもその合戦自体が、発生していないとは思います。
回答を一言でお答えしますと、「違う結果になっていたが、勝利はしない」と思います。
長篠の戦いに興味があるのであれば、是非ミヤオビピクチャーズの映画「長篠」をご覧下さい。長篠の戦い450周年を記念して、今年撮影された映画です。(非常に低予算…)私は既に、封切り前の上映会で観覧しました。長篠、設楽が原で散り行く運命を選択せざるを得ない重臣達の思いを現した内容が興味深い映画になってます。