初期仏教のエッセンスと言われる大念処経について質問です。ブッダが実際に説いた教えに最も近いのは漢名では大念処経であり、その中に四念処、四諦、八正道も含まれていると思います。しかしこの大念処経が漢字に翻訳されたのはいつか?また日本に入って来たのはいつかが分かりません。またこの最重要の大念処経が日本で特に重要視されていないのは何故でしょうか?分かる方いたら宜しくお願いします。

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1238247

2026-03-14 00:30

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漢訳は近いものが阿含の念処経です。



阿含等は中国に部派仏教が伝えられた安世高の頃に中国に伝えられたと思います。



この後に、日本には個人レベルでは滅尽定が伝わってきているような記述が残ってます。



一方、日本での古い仏教は奈良仏教ですが、奈良仏教は俱舎と唯識が中心です。



俱舎というのは阿含のまとめですが、唯識三年俱舎八年と言われるように阿含以外の勉強で時間がかかり、阿含まで手が回らなかったと思いますし、当時は瞑想がよく伝わっていなかった状況もありました。



また、中国でも部派仏教を大乗仏教が制圧したような状況になり、念処経の重要さは日本に十分に伝わらなかったと思います。



その後、天台宗や真言宗が起きて、阿含等は小乗だと非難して念処経の重要さは葬られたと思います。

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