劉備が遺言として諸葛亮に残した、「劉禅が支えるに値するならば支え、そうでないならば君が取って代われ」というような言葉がありますよね。これは劉備が諸葛亮を信頼しているからゆえの本心で言った言葉ではなく、本当にそうさせないための牽制として言った、という学説はどれくらいの支持を得ているんでしょうか。学会ではこの説が一般的で、むしろ劉備が諸葛亮を信頼していたからというのは演義から想像されるマイナーな説なんでしょうか。

1件の回答

回答を書く

1107930

2026-01-13 12:45

+ フォロー

さあ・・・?



三国志でおなじみの渡邉義浩センセイのご説じゃなかったかしらん。

なので、それなりに支持してる人もいるんじゃないでしょうかね。反対している学者さんもいるので、まあ、どうなんでしょうね。





余談ですが。

以前、ここでの他の人のご回答でこういうのがありました。



「君可自取」(君自らが取るべし)

は、帝位を奪ってよい、ではなく、政権を取れ、という意味だ、ということ。

つまり、劉禅が支える価値があるなら劉禅の親政を支えてやってくれ、そうでないなら、劉禅は飾りにして諸葛亮自身が政治をやれ、ということだ、と。



わたしもこの考えを支持します。



それに対し諸葛亮が答えるに、自分は死ぬまで忠節を誓います、というわけです。

つまり、どういう立場であれ、忠節は守る、と。



で。諸葛亮は丞相・大将軍・録尚書事と、蜀では後漢時代の曹操以上の絶対権力者になりましたが、忠誠を貫きました。



蜀はイデオロギー的にも後漢の後継王朝として成立してますので、それを捨てることはできないでしょう。

劉備が言ったのは、諸葛亮に対して曹操みたいになってもよい、劉禅は献帝のように飾りでよい、と言ったんじゃないか、と思います。

うったえる有益だ(0シェアするブックマークする

関連質問

Copyright © 2026 AQ188.com All Rights Reserved.

博識 著作権所有