さあ・・・?
三国志でおなじみの渡邉義浩センセイのご説じゃなかったかしらん。
なので、それなりに支持してる人もいるんじゃないでしょうかね。反対している学者さんもいるので、まあ、どうなんでしょうね。
余談ですが。
以前、ここでの他の人のご回答でこういうのがありました。
「君可自取」(君自らが取るべし)
は、帝位を奪ってよい、ではなく、政権を取れ、という意味だ、ということ。
つまり、劉禅が支える価値があるなら劉禅の親政を支えてやってくれ、そうでないなら、劉禅は飾りにして諸葛亮自身が政治をやれ、ということだ、と。
わたしもこの考えを支持します。
それに対し諸葛亮が答えるに、自分は死ぬまで忠節を誓います、というわけです。
つまり、どういう立場であれ、忠節は守る、と。
で。諸葛亮は丞相・大将軍・録尚書事と、蜀では後漢時代の曹操以上の絶対権力者になりましたが、忠誠を貫きました。
蜀はイデオロギー的にも後漢の後継王朝として成立してますので、それを捨てることはできないでしょう。
劉備が言ったのは、諸葛亮に対して曹操みたいになってもよい、劉禅は献帝のように飾りでよい、と言ったんじゃないか、と思います。