仏教 以下の指摘がありました。>法実有を否定しても、小乗は依然として「法は世界を構成する分析可能な要素」とみなす前提を保持しており、大乗のように“法そのものが空”とは考えません。 >空を採用するとアビダルマ的分析体系が崩れ、自らの教義基盤が成り立たなくなるため、構造的に受容が困難なのです。 (引用終わり) そこにおける大乗の「空」は、不滅の実体が無いという意味のことではなくて、無分別ということですかね。 識別しないと。識別不可であると。 それは、無相ということでもありますね。 不二とも言いますね。 だから、認識の対象に執着しないと。 でも、小乗たる上座部は、分析した上で、最終的に、そこに不滅の実体は無い、だからそれは執着に値しない、と結論付けるので、結局は、大乗の無分別の空と同じことになります。また、識別しない、無相については、原始経典でも説かれています。>342 無相のおもいを修せよ。心にひそむ傲慢をすてよ。そうすれば汝は傲慢をほろぼして、心静まったものとして日を送るであろう。」734 およそ苦しみが生ずるのは、すべて識別作用に縁って起るのである。識別作用が消滅するならば、もはや苦しみが生起するということはあり得ない。735 「苦しみは識別作用に縁って起るのである」と、この禍いを知って、識別作用を静まらせたならば、修行者は、快をむさぼることなく、安らぎに帰しているのである。(スッタ・二パータ)92 財を蓄えることなく、食物についてその本性を知り、その人々の解脱の境地は空にして無相であるならば、かれらの行く路(=足跡)は知り難い。──空飛ぶ鳥の迹の知りがたいように。93 その人の汚れは消え失せ、食物をむさぼらず、その人の解脱の境地は空にして無相であるならば、かれの足跡は知り難い。──空飛ぶ鳥の迹の知りがたいように。(ダンマ・パダ) 皆さんのご意見をお願いします。 なお、Kenさんにお願いですが、回答するのであれば、私が返信できるようにブロックを解除してください。 ちなみに、分析の必要性について、学者による解説動画があります。 (15分過ぎから) https://youtu.be/eG-tJyqZO5c?si=esDY5zx8hQtx-ui9