トゥール・ポワティエ間の戦いは、
フランク王国領内のトゥールとポワティエの間で発生した、
キリスト教勢力とイスラーム勢力による歴史的な衝突です。
当時、イベリア半島を征服したウマイヤ朝の軍隊が
ピレネー山脈を越えてガリア(現在のフランス)へ侵攻しました。
これに対し、フランク王国の宮宰
カール・マルテルが率いる重装歩兵軍が迎撃し、
ウマイヤ朝軍を撃退して
将軍アブド・アッラフマーンを戦死させました。
この戦いには、
主に2つの大きな意義があります。
ヨーロッパの防衛:
イスラーム勢力の北進を阻止し、
西欧キリスト教世界の崩壊を食い止めた
「文明の分水嶺」と評されます。
カロリング家の台頭:
勝利したカール・マルテルの威信が高まり、
後に息子ピピンがカロリング朝を創設し、
孫のカールの戴冠へと繋がる、
中世ヨーロッパ形成の重要な転換点となりました。