キリスト教徒に質問です。キリスト教徒お得意の台詞「神のみぞ知る」この言葉は、真理を突いているのだろうか?・・・・特に、ローマの信徒への手紙に多く聖句があるうち、代表的なものとして「私(=神)は誰であれ憐れもうとする者を憐れみ、誰であれ慈しもうとする者を慈しむ」⇓誰を憐れむか?」それは、★神が決めることであり、人間がそこに関与する余地はない。要は、★人間は、神のなすまま」、俎板の鯉」なのだ。だが、聖書史に記録されているのをみれば、★そうではないことは明らかである。⇓アダムが戒めを守るか否か、→アダムに自由な選択が許されていた。カインがアベルを殺すか否か、→カインに自由な選択が許されていた。ノアが箱舟を建造するか否か、→ノアに自由な選択が許されていた。聖書史は、人間は、神のなすまま、俎板の鯉ではなく①やるべき事をやって、→②その結果を、神は信仰として受け入れている。このことから、「私」が、やるべき事を知る必要があることが分かるつまり、★神の救済摂理「計画」を知らずして、★信仰の立てようがないのである。が、キリスト教徒は、そんなことにも考えが及ばず、今日も聖書に噛り付いている。。