新約聖書から。マタイ24章14節「この御国(王国)の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます」。この御国(王国)の福音は、『全世界に』宣べ伝えられて、『すべての国民』にあかしされる事になっています。では、終わりの日が来る前には御国(王国)の福音は誰が全世界に宣教するのでしょうか?。終わりの日とは何時の事を言っているのか、福音を節べ伝えるのは誰がどのように行うのか、終わりの日に関する預言の書のダニエル書や黙示録等々からの回答を歓迎します。

1件の回答

回答を書く

1221750

2025-12-31 07:45

+ フォロー

『新改訳聖書』第3版のヨハネの黙示録14章6節と7節に、

次のように書かれています。

***

6節

また私は、もうひとりの御使いが中天を飛ぶのを見た。彼は、

地上に住む人々、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族

に宣べ伝えるために、永遠の福音を携えていた。

7節

彼は大声で言った。「神を恐れ、神をあがめよ。神のさばきの

時が来たからである。天と地と海と水の源を創造した方を拝め。」

***



6節1行目から、「・・・彼は、地上に住む人々、すなわち、

あらゆる国民、部族、国語、民族に『宣べ伝えるために、永遠

の福音を携えていた』。」とあります。



また7節に、『彼は大声で言った。「神を恐れ、神をあがめよ。

『神のさばきの時が来た』からである。・・・」』とあります。



『神のさばきの時が来た』から、「神を恐れ、神をあがめよ。」

という文脈になります。



6節の記述から、誰が宣べ伝えるかは別として、「永遠の福音」

は「宣べ伝え」られる、と言うことができます。



それは、7節の記述から、『神のさばきの時が来』る直前では

ないかと思われます。



「神を恐れ、神をあがめよ」というのは、『神のさばき』が恐

ろしいものである、ということを示唆しているように思います。



そしてそれは、恐ろしいものであると同時に、すばらしいもの

であることも感じさせます。



つまり、『神のさばきの時が来』るので、「永遠の福音」を受

け入れなさい、ということを意味しているのではないかと思い

ます。



「永遠の福音」が「宣べ伝え」られるのは、『神のさばきの時

が来』る直前のことではないかと思われます。



ダニエル書11章32節から35節までに、次のように書かれ

ています。

***

32節

彼は契約を犯す者たちを巧言をもって堕落させるが、自分の神

を知る人たちは、堅く立って事を行う。

33節

民の中の思慮深い人たちは、多くの人を悟らせる。彼らは、長

い間、剣にかかり、火に焼かれ、とりことなり、かすめ奪われ

て倒れる。

34節

彼らが倒れるとき、彼らへの助けは少ないが、多くの人は、巧

言を使って思慮深い人につく。

35節

思慮深い人のうちのある者は、終わりの時までに彼らを練り、

清め、白くするために倒れるが、それは、定めの時がまだ来な

いからである。

***



35節1行目に、「思慮深い人のうちのある者は、『終わりの

時までに』彼らを練り、」とあることから、35節に書かれて

いることは、『終わりの時』の直前のことであることが分かり

ます。



「思慮深い人のうちのある者」(35節)や「民の中の思慮深

い人たち」(33節)や、「自分の神を知る人たち」(32節)

というのは、『終わりの時』の直前の人たちである、と言うこ

とができると思います。



そして、「堅く立って事を行う」(32節)や「多くの人を悟

らせる」(33節)、また「彼らを練り、清め、白くする」

(35節)というのは、「永遠の福音」が「宣べ伝え」られる

ときのことではないかと思われます。



そして、「永遠の福音」を「宣べ伝える」のは、「思慮深い人

のうちのある者」(35節)や「民の中の思慮深い人たち」

(33節)や、「自分の神を知る人たち」(32節)ではない

か、と思います。



言い換えると、「聖徒たち」です。



ダニエル書11章33節に書かれていることは、ヨハネの黙示

録13章10節の、「とりこになるべき者は、とりこにされて

行(い)く。剣で殺す者は、自分も剣で殺されなければならな

い。ここに聖徒の忍耐と信仰がある。」という記述を思わせま

す。



ダニエル書11章の「人たち」、つまり「聖徒たち」と思われ

る「人たち」が「堅く立って事を行」(ダニエル11:32)

い、「多くの人を悟らせ」(同11:33)、また「彼らを練

り、清め、白くする」(同11:35)のですが、そのように

することが「永遠の福音」を「宣べ伝える」ことであり、また、

それに伴うことではないかと思います。



「終わりの日」というのは、マタイの福音書24章3節の「世

の終わり」の日のことで、それは、「あなたの来られる時」か

そのあたりのことと考えられます。



「永遠の福音」が「宣べ伝え」られるのが、『神のさばきの時

が来』る直前のことであるとすると、「宣べ伝え」られるのは、

「あなたの来られる時」の直前のことであると思われます。

うったえる有益だ(0シェアするブックマークする

関連質問

Copyright © 2025 AQ188.com All Rights Reserved.

博識 著作権所有