鎌倉幕府の成立年が1185年(源頼朝が守護地頭の設置権を得た年)か1192年(源頼朝が征夷大将軍に任じられた年)かのような話はよく聞きますが、室町幕府の成立年が1336年(建武式目の正定年)か1138年(足利尊氏が征夷大将軍に任じられた年)かという話をあまり聞かないのはなぜですか?.なお、ここでいう幕府とは現在一般に使われている歴史用語としての幕府です。将軍の本営というような語源的な点や、当時は政権を指して幕府という使い方をしていなかったという点とは切り離してお考え下さい。.なお、個人的には鎌倉幕府は1180年の侍所の設置から1232年の御成敗式目制定まで室町幕府は1336年の建武式目制定から1392年の南北朝合一までの期間をかけて成立したととらえています。なので、どちらの説が正しいかという点は質問の趣旨ではありません。あくまで疑問点は、鎌倉幕府は話題に上がることが多いのに、室町幕府が話題に上がることが少ないのはなぜかという点です。

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1160396

2026-05-26 16:40

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鎌倉幕府の成立というのは、

貴族政治から武家政治への転換という、

レジュームチェンジが起きた、日本史の大きな転換点だからです。

平安時代までを古代、鎌倉時代~室町時代を中世と分けているから、

「では武家政権は具体的にいつから始まったのか」

という議論があり、それが単純化されて、

鎌倉時代の成立年と意訳されていると言えます。



質問者様みたいに、時系列を知っていて、

段階的に武家政権が出来上がったと理解なさっている人は少数で、

多くの人は、鎌倉幕府という組織が、会社が設立されるように、

ある日忽然と出現したと錯覚しているから、

不毛な二者択一の議論が起きるてしまうのです。



一方、室町幕府はレジュームチェンジではなく、

一種のクーデター、体制内変革でしかありません。

頼朝型の幕府政治というシステムの主権者が、

執権北条氏から足利将軍に移行しただけで、

武家政権としてのフォーマットは何ら変化していません。

体制を変革しようと動いたのは、

王政復古を企図した後醍醐天皇の側であり、

足利尊氏は、武家政権という体制を守ったのです。

だから、その成立がいつなのか、というのは、

差して重要視する意義がない、というわけです。

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