結局、悟りなんて、ないんじゃないか? という気分になってきました。仏教と非二元論の教え自体は、事実だと思います。結局、凡人の私は、ラメッシ・バルセカール(Ramesh S. Balsekar)の非二元論の基本原理「出来事は起こり、行為はなされるが、そこに個々の行為者はいない(仏陀がオリジナルの言葉、無我)」「神の意志でないかぎり、何ごとも起こらない。起こることすべては神の意志(自然の法則、運命、全体性の機能)」という心の平和のための教えを、「普通」に理解して、生きることしかできません。完全な理解ではないです。また、仏教と非二元論は、悟りにもこだわるな、と言っています。悟りも「空」で実体がないからです。ということは、ただ今を生きることに専念すれば、もう、それでいいということになりませんか?質問① 悟りは、本当はないのではないか?質問② そうであれば、したいこと、すべきだと思うことをやって、ただ今を生きれば、もうそれでいいのではないか? それが、凡夫の生き方、凡夫の悟りではないか?あなたの考えを書いてみてください。