創設当初の両団体の選手層の違いには明確な理由がありました。・全日本プロレス(1972年創設)は、ジャイアント馬場が中心となり、国際プロレスから移籍した大型選手や、海外の大型外国人レスラーとの提携を重視したため、体格の良い選手が集まりました。・新日本プロレス(1972年創設)は、アントニオ猪木が「格闘技路線」を掲げ、柔道やアマチュアレスリング出身者など、技術重視の選手を積極的に採用しました。また若手育成にも力を入れたため、比較的小柄でも技術のある選手が多く在籍しました。・両団体の創設者である馬場と猪木の体格やレスリングスタイルの違いも、それぞれの団体カラーに影響を与えたと言えます。つまり偶然ではなく、各団体の方針と戦略の違いが選手層の違いを生み出しました。