太平洋戦争での日本軍の捕虜収容所の監視兵の殆どは朝鮮出身者だったんですか?

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2026-08-18 13:10

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捕虜収容所は国内では4カ所の本所を設け、多数の分所 派遣所 分遣所を設けましたが、幹部所員の多くは日本軍軍人でしたが、兵力不足の大戦時ですから、国内の収容所では 退役した傷痍軍人に加えて 軍属傭人という2年契約で、朝鮮半島及び台湾本島出身者を監視員として採用しました。
朝鮮半島出身者はおおむね3000名程が採用されています。
収容所の監視は彼らが主に行い、工場や鉱山 港湾施設等の外役先では そこの企業の職員が監視を行い 周辺の警備は 近くの連隊から兵隊が派遣されていた様です。
当然ですが、朝鮮半島や台湾ではそれぞれの出身者が多数を占め 南方方面での収容所でも、内地に比べ 比率は高かった様です。

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