どうなんでしょうね。再犯率からして反省云々以前に、野生動物のように殺して食べるのをやめなさいとか言われても無理な反復性が定着してそうな気がしますが、
凶悪犯罪発生率は富裕層と貧困層で差があり、日本は3~4倍で済んでますが治安が悪い国だと50~100倍の差があり、貧困からテロが生まれると言われるように、貧困から長時間労働による経済的、体力的、精神的、時間的な苦痛が連鎖し多重に苦しみ、家庭環境が幼少期から精神的に不安定で、同世代との子供とも衝突しなが敵対しながら育つと社会や他人を有害な存在を感じ犯罪への躊躇が低くなったり、そういう価値観が形成される場合もあります。
もはや自分の人生全体の教訓のようになっていると、なかなか反省と言っても難しい面があるようにも思います。反省と言った方が罪も軽くなる訳ですし。
ただ、海外の本気で反省すらしない外国人、
>性犯罪クルド人男に懲役8年判決「反省全くない」法廷で刑務官に頭突き、親族は大声で騒ぐ
https://www.sankei.com/article/20250730-HFDOHWW7W5CXPFBRT2HICHTF2M/
こういうケースや海外の刑務所の状態を見ていると、
反省すらしない人間が社会復帰した場合のリスクも考えれば、
まだ反省するだけマシな方で、これが凶悪犯罪発生率を左右している
治安を維持している理由の一端ではないか、とも思います。
少なくともただ車ほしさに人を殺して奪うような酷い犯罪は殆どなく、
年間殺人事件死亡者数250の8割強が親族顔見知り間で、
赤の他人に殺される人は年50人も居ない状況です。
反省すらできない人間がどれだけ凶悪な手段に躊躇をしないのか、
酷い事例と比較するならば、まぁまだ良い部類なのではないかと。
・・被害者視点だとそんな事言ってられないですが。
また、恐らく内面に欠片程度は罪悪感があって、
警察官や弁護士などとの対話から自分がなぜ犯罪者に落ちたのか
成育歴込みで一定の理解や配慮をされつつ罪は罪として言及されるなど、
日本社会の司法関係がどこから犯罪者が生じて来るのか認識しているから
反省を促す事のベクトルが違うから反省する気持ちがある程度は生じる、
という一面もあるのではないか、とも思います。
人間の心は多面的で複合的です。自分の親が好きか嫌いか問われて即答できない人が多かったりするように、好きと嫌いが両方同時に存在する矛盾状態はありがちで、恋人や夫婦や親子でも愛憎が両方同時になんてありがちです。
犯罪者に矛盾した心理が両面的にあってもそれはそれで不自然ではないのかもしれません。
何となく、保身で言ってる面が多めで、警察官などから境遇を理解されつつ反省を強く促されて一時的に反省する意思を持っても、長期的には結局薄れ再犯する、などの流動的な心理状態なのでは?と思えてしまいます。