大きな流れで言えば、植民地経営のビジネスモデルの進化についていけなかったからです。
植民地経営のビジネスモデルは
①貿易拠点型。貿易港を世界中に築き、異国の高級商品ヨーロッパで売る
②お宝略奪型。金鉱山などを奪い、金銀宝石をヨーロッパで売る
③プランテーション型。面で支配して商品作物を育て、ヨーロッパで売る
④工業原料型。炭鉱、鉄鉱山など工業原料の産地を押さえて自国の工業に原料を供給する
と変化しました。
ポルトガルとオランダは①型、スペインは②型のままでした。
他方、イギリス、フランス、ベルギーなどは③を経て資本を蓄積し、産業革命を起こしてそれに必要な工業原料を④型の植民地でまかないました。
また、スペイン、ポルトガル、オランダは人口規模(つまり軍隊の規模)を超えて新大陸やアジア・アフリカに軍隊を送り過ぎたために、ヨーロッパの本国の軍隊が手薄になり、振興ライバル国に負けてしまいました。