MAINITIGANITIYOUさんへ
その小学生の行動、大人から見れば理解不能で驚いてしまいますよね。
でも、子供の視点に降りてみると、そこには単なる「悪意」や「手癖の悪さ」だけではない、もっと切実で未熟な心理メカニズムが隠れていることが多いんです。
まず考えられるのは、「自他の境界線の混同」です。
幼い子供、特に小学校低学年くらいまでは、「親の所有物」と「自分の所有物」の区別が曖昧なことがあります。
彼女にとって「お母さんが働いている店」は「お母さんのテリトリー」であり、感覚的には「家の冷蔵庫の延長」になってしまっているのです。
家で冷蔵庫からジュースを勝手に取っても怒られないのと同じ感覚で、「お母さんの店にあるものは、娘の私が貰ってもいいよね」という、子供特有の自己中心的な論理が働いています。
これは社会的な所有権の概念が育ちきっていない証拠であり、公私の区別をこれから学ぶ段階にあることを示しています。
もう一つ、より深刻な心理として「試し行動」の可能性もあります。
親が忙しく働いている姿を見て、「私よりも仕事が大事なの?」という寂しさを抱えている子が、あえて親の職場という「聖域」で問題を起こすケースです。
万引きというショッキングな行動をすれば、親は仕事の手を止めて、全力で自分に向き合わざるを得ません。
「取っても良いと思った」という言葉の裏には、物を手に入れたい欲求以上に、親の関心を自分だけに引き寄せたいという、歪んだ形での「愛の確認作業」が隠されている場合も少なくないのです。
その子の歪んだ認識を正し、社会のルールを教えることが、親の働く背中への本当の敬意を育てることにつながるはずです。
「その手は、愛を求めて伸びている。」