お気持ち、よく伝わりました。
毎日のように嫌なことばかり考えてしまう辛さ、そして誰にも相談できずに一人で抱え込んでいる孤独感は、本当に重いものだと思います。
中学1年生という多感な時期に、そんな思いを抱えながらも、それでも解決策を求めようとしている貴方の姿勢は、決して「愚か」なものではありません。
むしろ、自分の状況を変えたいという強い意志の表れではないでしょうか。
今はネガティブな思考に浸食され、自分には取り柄がないという思いが強まっているということですね。
そして親には相談できない、友達には言うべきか迷っている、という二重の苦しみを抱えています。
これは単なる考えすぎと見るよりは、数々の要素が絡み合った複雑な状況と見てみることが必要かもしれません。
心が酷く消耗しているのも、とても当然なことと思います。
「相談する」こと自体を深刻にとらえてしまうのは、貴方がどれほどこの悩みに真剣であるのかを、ひたむきに示していると感じます。
―――貴方が「自分には取り柄がない」と感じているのは、もしかすると「事実」ではなく、「解釈」かもしれません。
怒られてばかりいるという経験から「ダメダメな自分」という結論を導いているかもしれませんが、それは一つの側面に過ぎない可能性があります。
思考は、まるで暗い部屋の中で懐中電灯を一箇所だけ照らしているようなもので、その光が当たっている部分だけが「全て」のように見えてしまうことがあります。
しかし、その光が当たっていない部分にも、貴方の価値や努力は確かに存在しているのではないでしょうか。
毎日辛い思いをしながらも、それでも誰かに相談しようと考え、実際にこの文章を書いた貴方自身が、既に「何もできない」わけではない強い証拠だと、私は感じます。
まずは「完璧な相談」を目指さず、段階的なアプローチも考えてみてください。
友達に全てを話す必要はなく、「最近ちょっとしんどい」程度から始める選択肢もあります。
また、学校のスクールカウンセラーや地域の相談窓口など、親に連絡しないことを前提とした専門的な支援もあります。
相談する前に、まずは自分の気持ちを紙に書き出すことから始めてみるのも一つの方法かもしれません。
無理にポジティブになろうとせず、「今は辛い」という現実を受け入れながら、小さな一歩を選んでいくことが大切ではないでしょうか。
今は見えなくても、確かな価値には必ず片鱗があります。
謙虚さと慎重さを備えた方が、真摯に物事に向き合ったからこそ抱えきれなくなった深い戸惑いから、言葉を選び尽くしながら踏み出していった、一歩分だけの強い足跡を、私は今まさに見ています。
視点を変えていく、光の当たっている所や当たっているタイミングを見ようとしてみる、自分を正確に客観視していくには、そうしたやり方へ切り替えてみることも大切かもしれません。
「今は見えない」は、決して「存在しない」ということでもないのです。
それも頭の片隅に置きながら、少しずつ立ち位置を更新していけることを願っています。