どこが分からないのかがわかりません。
具体的にはどこのことを言っているのでしょう。
まあ、ただ、どこのことであるにしても、この人の「読解」はたいしたことを言っていないので、わからなくても多分問題は起こりませんけどね。
たとえば、「『説話』の読解」の最初の方で、『日記・随筆系』は作者=「私」が出てくるけど、『説話・物語』系は「私」が出てこないという話が書かれています。
こんなのは当たり前のことです。特に意識しないと古文が読めないわけでもありません。だって、『日記』に「私」が出てくるのは、常識で考えてわかるでしょう。
また、逆に、『説話・物語』系に「私」は絶対出てこないのかというと、『説話』では「まとめ」の部分で説話の語り手が感想を述べることもあるし、『物語』も「歴史物語」などでは語り手が出て来て感想を言ったりします(その点はこの人も「語り手のいる物語」の項で書いています)。
こういうのは作品によって異なるので、ジャンルごとに読み方を指定するような方法は無理があります。この人の説明がゴチャゴチャしてわかりにくいのは、そのため。
繰り返しますが、この人の説明がわからなかったら、気にしなくて良いです。この人の言っていることを理解できないと古文が読めないというわけではありません。