創価学会員へ私は、創価学会が大嫌いです。しかし、私の両親・親戚や近所に住んでいる人の中には創価学会員が大勢います。私は小学生の時に重病で意識を失い大手術を受けました。その際、医師は私の親に「命が助かる確率は1割もなく、意識が戻る確率は0」と言ったそうです。この為、両親も親戚の者も、その他、私のことを知っている学会員たちは「医学の力でそれだけしか助けられる可能性がないのなら、学会の力で絶対に助ける」と言いみんなが唱題をしたそうです。その後、私は命が助かり意識も戻りました。すると、学会員たちは「この子には使命があるからご本尊様は命を助けてくださった」と言って喜びました。その後、私は大勢の学会員に「学会の活動を頑張れば必ず病気を治してもらえる」と言われ、その言葉を信じ、毎日勤行と題目をし、創価の小学生新聞も毎月全記事を読み、その中で意味がわからない部分があった際や、聖教・公明新聞、創価新報で親がいい記事を見つけた際、その解説も聞きました。さらに、小学生部員会はもちろん、座談会など親が参加する会合にも全て参加しました。その時、何人もの学会員に「あんたは学会の活動をきちんとしてるからすぐに病気を治してもらえる」と言われました。しかし、最初の入退院から1年もしない間に再度同じ病気で入院しました。この際、命が助かると学会員たちは「あんたは前回倒れた時から今まで学会の活動を頑張ってきたから今回もご本尊様に命を助けてもらえた」と言いました。この時、私は「学会の活動をきちんとしていたら病気を治してもらえるんじゃなかったのか」と、考えなければなりませんでしたが、当時の私は幼くそのように考えられませんでした。今までに15回ほどこの病気で倒れたことがあります。私の今は亡き祖父も学会員でした。元気だった時、「死ぬ時は一瞬で死にたい。大きな病気や怪我で長く苦しみながら死ぬのだけは絶対に嫌」と言っていました。私の身近にいる学会員の多数が同じことを言っています。祖父は、肺がんで生死の境を彷徨うとなったとき。医師に延命治療を勧められましたが、それを断りすぐに亡くなっていきました。それにも関わらず、私が病気で倒れて、病院に運ばれた際は私のことを知っている学会員たちは、全員が私の命が助かるようにと祈ります。矛盾しています。これは私を苦しませるためでしょうか。また、私のような創価にとって害のかたまりという者を助けるより、もっと助けないといけないのに亡くなっていった学会員は大勢います。学会員は異常な程に、命に関わる級やそこまではいかなくても、大病を患っている人が多いです。創価の力で「命が助かった」や、「病気や怪我が完治した」などと言って喜ぶ以前に、「本当に創価に凄い力がある」としたら、「最初から無病息災で暮らせる」とは考えませんか。仏教用語を使ったり学会員しか理解できない言葉ではなく誰でも理解できるように説明してほしいです。(以前にも、同じ内容の質問をしましたが、もらえた解答は回答は、どれも私には全然理解できないものでしたので、再度、質問しました。)