例えば、野球が日本に入ってきた頃、武道以外にスポーツが無く、スポーツ=精神的な鍛錬を伴うものとされていたらしいです。
ところが、野球はスポーツを楽しむということを初めて日本にもたらしたらしいです。
ところが、野球をやっている学生に対して、野球は軟弱だ。精神鍛錬でなく、楽しむということを良しとしなかった当時の国民から一斉に批判されたらしいです。
しかも、当時の野球で大乱闘が起きたりして評判がさらに悪くなった。
そこで、野球をやるために編み出された方法が、軍隊のような声出しや、武道に通じるような精神論だったらしいです。
当時の学生は、別に楽しけりゃいいやんという感じだったのですが、それをそのまま出せば批判されるので、丸刈り、声出しなど見た目を変化させていった。
そして、それは高校野球の汗と青春、感動と涙、スポーツマンシップに則り正々堂々となどという宣誓。に繋がっていったそうです。
つまり、野球が偽善に見えるのは、高校野球を国民が支持するために、必要だった偽善だということらしいです。