私はむかしから人の自由意志というものに疑問を抱いているところがあります。疑問を抱いているという以上に認めていないところがあると言ったほうがいいかもしれません。大学の講義のとき、教授に尋ねてみたが理解してはもらえませんでした。ただ、自分がこのように考えてしまうのは、ひょっとしたら誤りでもあるとか不健全な考え方かもしれないと一方では思ってもいたのです。この結論は未だ確信を伴った考え方とは自分の中でなってはいません。未だ未解決であるということです。後にベンジャミン・リベットの実験のことなども知り、益々確信とも言える状態に近づいて来ました。シェイクスピアが言っているように、人間は運命によって弄ばれているだけなのではないかということを歳が行くほど強く思うようになりました。カルマの法則ということも言われます。ただし、これについてのみなさんとの論義は、私はここでたびたびして来ましたので、これ以上の論義をしたいとは思いません。ただ、こういうことについてむかしから考えてしまう私の傾向性というものは、一体なぜ私の中に生まれるようになってしまったのだろうと、そのことについて聞かせていただけたらなと思うのです。もちろんあなたの想像で構わないのです。お願いします。

1件の回答

回答を書く

1265582

2026-02-24 20:45

+ フォロー

自我に対する強い執着からの恐怖だと思います。

まず、自我を守るためプライドで固める。

これは能力や成功といった他人との比較に左右されるため脆弱で不安があり、色々な偉人の言葉を借りて塗り固めていくが、不安は消えない。

他人に左右されないように、自尊心で固める。

思いどおりにいかないのは、自分が悪いのではなく、外からの影響やそもそも備わっていたもの運命なのだ。だから自分どのような形であって尊い。無敵だ。



無敵だと思いながら、それでも恐れている感じがします。

うったえる有益だ(0シェアするブックマークする

関連質問

Copyright © 2026 AQ188.com All Rights Reserved.

博識 著作権所有