日本の降伏における駆け引きは、日米間だけではなく、それぞれの国内でも議論が巻き起こっていました。
①日本国内…軍がポツダム宣言受け入れに猛反対していたが、闇雲に反対しているのではなく、国体擁護(天皇制護持)の他に、軍隊の自主解散や外国による保障占領を付けないといった、降伏条件を国体擁護の一点に絞りたい政府よりも条件を多く付けた上で降伏したいとの思いがあった。このままではいつまで経っても降伏できないと思った政府は、降伏条件を国体擁護の一点にするように勅裁を引き出す。
②アメリカ国内…軍や知日派は「天皇制を保障する」という日本側からの最低限の条件を呑めば、日本は直ちに降伏すると進言した。しかし、ソ連への牽制と人種偏見を梃にした人体実験の為の原爆投下を実行したい政府は、原爆投下するまでは降伏させないように、戦後の天皇の扱いをワザと曖昧にして降伏させないようにして原爆投下。投下後、政府は日本側からの「天皇制を保障する」という条件を一応呑む。
両国の思惑が一致したところで、日本はポツダム宣言の受諾を北欧を経由してアメリカに伝え、国民に対しては「玉音放送」で敗北により戦争を停止する旨を伝えた。
「玉音放送」は日本国内において、天皇の肉声を発する事で、国民や軍を納得させるための手段であった。玉音放送に関しては、戦争継続を望む軍人が放送機器を奪おうと放送局内に侵入したという話もある。
また、日本の降伏は「無条件降伏」ではなく「有条件降伏」なので、正式に降伏文書に調印するまでは、条件を守れなかった場合、戦争の再開があり得る状態だったことにも注意する必要がある。