村田英次郎が蔵前国技館でWBA世界バンタム級王者のジェフ・チャンドラー(米国)に指名挑戦者として2度目の世界挑戦に臨み、初回に強烈な右ストレートを浴びせてコーナーに追い詰めるも仕留めきれず、その後は一進一退の攻防となり、何度か単発でクリーンヒットは奪うものの、挑戦者の強打を警戒する王者の老獪なクリンチワークやホールドに後続打を寸断され、なかなか決定的なポイントを奪えず、結局、三者三様の15回引き分けに終わり、前年1980年6月のWBC王者のルペ・ピントール(メキシコ)戦に続いて2試合連続ドローで世界挑戦に失敗してから4月5日でちょうど45年が経ちますが、ご意見・ご感想並びに当時の思い出をお聞かせ下さい。.https://www.youtube.com/watch?v=v93Q31TOQIchttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E7%94%B0%E8%8B%B1%E6%AC%A1%E9%83%8Ehttps://en.wikipedia.org/wiki/Jeff_Chandler_(boxer)https://boxrec.com/en/event/200339/111413

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1290138

2026-07-08 18:50

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前年のピントール戦
この試合も、また次もジョルティンとの対戦を観に行きました。
英次郎ファンでも在り
磯上修一とどちらが世界を穫るか?と。
この試合で英次郎は、やはり世界を穫れる。
ジョルティンと引分けしかも追い詰めた。
と、勝手に思っていた
。次は勝てる。
しかし、ジョルティンは、村田英次郎戦での戦い方が不本意だと、悩んだ時、ウィリーオニールの妻、ベッキーに、ディフェンスを教えてくれと懇願する。
ウィリートレーナーの優秀な敏腕マネージャーのベッキーは、トレーナーとしてジョルティンを指導し始める。
あのシャープな攻撃に防御反応を得たジョルティンは、鬼に金棒状態に。2戦目、3戦目も英次郎は、善戦虚しくKOされ、力差をまざまざと、見せつけられた

当時、名将ウィリーオニールに、週一しか、指導してもらえなかったジョルティンは、その妻ベッキーに頭を下げたことが、転機となり、バンタムに名を残すチャンピオンになった訳です。
“ジョルティン“こと、
ジェフ•チャンドラー
素晴らしい選手でしたが、晩年は極度のパンチドランカー症状に、悩まされ続けました。
チャンドラー、ピントール、ホルヘルハンなど、名うてのバンタムが揃い、時がづれれば英次郎や磯上も、
タイトルホルダーに、なっていたと思います

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