>“国民が困っている事”の制度を見直す
理想としてはそうかもしれませんが《国民》が存在しないのですから見直す動機が生まれようがないのです。例えば紛争中の中東へ入った日本人に対して自己責任だから助ける必要は無いという見解が一定の支持を得たのがそうです。
近代的な原則に従えば、国家は所属する《国民》を無条件で保護する義務があります。にもかかわらず保護に条件や例外を認めてしまうような発想が支持を得るということは《国民》概念が日本人に理解されていない証です。
ここで結論を言えば、日本人が《国民》だと何となく思い込んでいるものの実態は《世間》という伝統的共同体であり、日本政府は《世間》に所属する者のみ保護するのが実態です。
「パワハラ防止条例」「子育てにおける体罰禁止」が法制化された理由は《働くこと》と《世間に所属する子ども》が《世間》の構成員に関わる問題であるからであり人権の問題であるからではありません。このように考えねば児童養護施設に所属する子どもと職員に対する対応がおざなりである理由が説明できません。
つまり《世間》と《国民》の区別を行う習慣が日本人には無いのであり、この区別を行わない限り《世間》に所属する人だけの“不満・困難”を救うことになります。それは格差を助長するだけです。