イスラームについて書きます。
そもそも「イスラームの原理主義」というものの定義が人によってバラバラです。
日本でも世界でも、単なる過激派を原理主義者と呼ぶ人が多くいますが、それはあくまで過激派であって原理主義者ではありません。
そして「他人」が指す「原理主義者」は、自分を原理主義者と思ったり自称しません。
「原理主義」というのはそもそもイスラームからではなくキリスト教の中から出てきたカテゴリーで、「聖書に忠実に理解したり行動する主義」というものです。
それも自称ではなく「そういう人達」をバカにした表現です。元々は。
清廉潔白に生きる人を「真面目ちゃん」と茶化すのに似ています。
話がそれましたが。
なのでその「原理主義」というものをイスラームに当てはめて言うなら、それは「コーランに忠実に」理解したり行動することを指すと思います。
なので本当の意味での「原理主義」者はある程度の読み書きができて物事を理解する力がないといけません。
質問者さんが書かれているように、日本人の多くが自分の又は親の宗派すら知らないし、宗派の違いを知らないどころか「仏教とは何ぞや」をよく知らずフワッとしたことしか知りません。
それでも「多分自分は仏教徒」と理解していますから間違った認識の人は結構いることになります。
例えば仏教のゴールは本来「解脱」なので、「今度生まれ変わったら」などと弔辞で言うのはおかしな話になります。
さて。
大概のイスラームの国では学校の教科に「イスラーム学」があるので、基本的な事は学習することになっています。
それ以外にもムスリムはコーランを「読誦」法を学ぶのが普通なので「読誦できる」人は結構います。
但し母語がアラビア語でない人の場合は読誦できても意味を読誦から理解できない人が多いです。
「それっておかしくない?」と思うかもしれませんが、毎日般若心経等を読経している人が意味をきちんと理解しているかどうかわかりませんよね。それに似ています。
>(学ぶ機会がなければ) 原理主義ってユーチューブとかで適当に陰謀論を拾ってきて騒ぎ出すあっち系の人達と大差ないですよね?
最初に書いたように、他人が「あの人は原理主義者」と思っている人自身は自分を原理主義者とは定義していない、というのが定説です。
そして前述のようにそもそもイスラームの原理主義というのは「コーラン(及びハディース)に忠実に」行動する人を指す言葉です。
ならば、その「原理主義者」という言葉が「コーラン(及びハディース)に忠実に行動する人」の意味で使われるならば、それはきちんとコーラン(やハディース)を理解している人を指すことになります。
そしてもしそれが単なる「過激派」の意味で使われるならば、その「過激派」という意味で「原理主義者」と言われる人の知識の確かさは個人差があると思います。