多分、「気づき」が複合的な意味として使われているから理解が難しくなっているのではないでしょうか?
とりあえず、「気づき」を「観察」と「受け入れ」の2つに分けて説明していきます。
説明の前に一つ
私は瞑想を心(脳)や体を「回復」する方法だと思っています。
風邪などの症状で熱が出たり
傷を治す時に炎症したり
体の悪い所があると痛くなったりなど、
これらの症状は心や体の悪い所を教えてくれたり、炎症で治したりしている事も実は悪い事で無く、瞑想と同じで「回復」してくれているのだと思います。
あなたが瞑想中に「嫌な思考が浮かんでいる」事も、心や体が「回復」してくれている証拠だと思います。
そして心や体が綺麗な人の「回復」は「気持ちよくなったり」「満たされた気持ちになったりる」します。
同じ瞑想でもその人の状態によって「回復」の結果は変わってきます。
まず、心(脳)や体には目に見えない「回路」の様なものがあると思って下さい。
この「回路」を我々人間(全ての生物)は日々、無意識に使って体、生命の維持、思考、感情を動かしています。
そして、この「回路」の感覚や使い方を知る事が瞑想なのですが、この「回路」を知る行為が「気づき」の中の「観察」になります。
そして「回路」の構造や使い方を「観察」していくと心や体の至る所に3つの感覚があります。
この3つの感覚を名づけると
+の感覚
−の感覚
0の感覚(真ん中)の感覚
+←0→− こんな感じ
+−の力は反対の感覚なので、どっがどっちかは決まっていませんが、
思考で言えば、考える、考えない
性格で言えば、傲慢、謙虚(卑下するくらい)
体の使い方で言えば、力を入れる、抜く
など、基本的に相反する感覚(力)となります。
そして、+と−の感覚の真ん中に説明が難しい0の感覚があります。
この感覚を
思考で言えば、考える、考えないのどちらでもない不思議な感覚で瞑想の説明で言えば「無になる」などがあてはまるかな?
性格で言えば、傲慢でも謙虚でもなく、両方バランスよく整っていている状態で、「徳がある」などが当てはまるのではないでしょうか?
体の使い方で言えば、力を入れるわけでもなく、抜いているわけでもない…「リラックス」している状態があてはまるのではないでしょうか?
仏教などでは、「中道」と言われるものだと思います。
そしてこの+と−の感覚が片方に偏ってバランスが崩れていると精神が不安定になったり、感情がコントロールできない、精神病、運動神経が悪い、病気になるなどいろいろな事に関わってきます。
このバランスの崩れを治す(バランスを整える)事が瞑想による「回復」となります。(仏教だと「執着をすてる」[+と−どちらかに偏る事]などとおなじかな?)
そして「回復」の方法ですが!
まず「観察」により真ん中の「0の感覚」になる(知る)事を行います。
「無になったり」「リラックス」してと言われるのがこれです。
そして「0の感覚」の場所でさらに「無になったり」「リラックス」します。これが「気づき」の「受け入れる」事になります。
(顕在意識[我々の意識]を潜在意識[無意識]に受け渡す様な感覚)
そうすると「回復」が開始され(+と−の感覚のバランスを整えはじめる)、あなたの場合の「回復」している結果は「不安な気持ちになる」となるのです。
そしてさらに「回復」させる為に、「0の感覚」の場所で「不安な気持ちになる」状態を「観察」しながら、ただただ「受け入れる」事なんです。(仏も似た様な事言ってなかった?)
あなたは「不安な気持ちになる」事を「観察」して「受け入れ」ていますよね?
つまり、あなたは瞑想ができているんです。
多分「気持ちよくなったり」「満たされる感覚が」しないから瞑想できているのか分からなかったからで!
「不安な気持ちになる」状態が瞑想できてる(「回復」している)証拠なんです。
まぁ〜後は時間はかかりますが、「回復」をただただ続けて心と体が綺麗になれば「満たされる感覚」が何となくわかってくる時がいつかはくると思いますよ。
私の場合は瞑想で精神崩壊しそうになっても続けていましたけどねw
それと、瞑想を続けると「感情が無くなる」事はありません。
「+と−の感覚」のバランスが整う事で両方の感覚(感情など)をコントロールできる様になる為、感情が制御できる様になります。
簡単に言えば「合理的な考えができる」が正しいのかと!
多分「感情が無くなる」のは、間違った瞑想をしている人だと思います。
例えば「0の感覚」の場所で「受け入れ」て「回復」が始まり「不安な気持ちが」が出てきたとします。
この「不安な気持ち」をさらに「受け入れ」れば瞑想できているのですが、ここで「不安な気持ち」を「不安な気持ちが出てきている事は間違った瞑想なんだ」などと「否定」してしまうと瞑想が逆効果になってしまい、どんどん「+と−の感覚」が崩れてしまい、思考や感情の視野が狭くなって最終的に感情が消えます。
瞑想時に「受け入れる」と「否定」を間違えると180度違う結果になるので注意して下さい。
これが、私なりに瞑想の仕組みを言語化した感じですね。
まぁ〜(*´ω`*)
感覚や目に見えない事を言語化するの難しいですし、完全に伝える事は不可能だと思います。
これらの事を参考にして自分なりに感覚を研ぎ澄ましながら試行錯誤して瞑想していってください。
ちなみに、だらだら瞑想してても効果は感じにくいと思います。
瞑想をやりながら感覚を研ぎ澄まして効率よく瞑想(回復)しないと結果が出るまでの道のりは遠いと思います。
「回復」の効率が上がると「回復」による症状(あなたの場合は不安)もひどくなる為、「受け入れる」る事もどんどん難しくなってきますけどね…
↑で私が「精神崩壊」したのは、瞑想効率を上げに上げてやっていたからです。
ちなみに私は平日3時間、休日10時間くらい「高効率瞑想」をしていましたけどねΣ(・□・;)(日常生活をしている時は瞑想の「観察」する事は常にやってた…今も24時間プチ瞑想してます)
効率上げるのもいいですが、会社などでも失敗も増える事もありますし、どの程度効率を上げるかは…自分で試行錯誤しながら調整してください。
それと!
私は心と体のバランスがとても大切だと思っているのですが!
世の中に知られている瞑想は主に「心(脳)の瞑想」で、「体の瞑想」って!説明されているのみた事がありません。(ヨガは全然違う)
これ以上はさらに長くなってしまうので、興味がある様でしたら↓過去に回答していますので、色々読み進めて下さい。
瞑想について三つ質問です。
yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13305151513?fr">https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13305151513?fr
↑の瞑想のやり方を体でやればいいだけです。
力を入れる感覚と抜く感覚の真ん中の「リラックス」する感覚でやればいいだけです。
結果
心→「不安な気持ちなる」など
↓
体→「体がピクピクし始める」「体が勝手に動く」「持病が一時的に治す為に悪くなる」などヤバイ状態になります。
私は心と体の瞑想の両方を同時進行していて、瞑想の効率だけは誰にも負けないと自負しています。(元々心と体が汚すぎて、効率上げても元々綺麗な人にはなかなか追いつけないけど…)
流石に体の瞑想はお家か一目のつかない所でしかやりませんけど!
あなたも取り入れてみてはどうでしょうか?